2015年4月29日

義烈千秋紀行【八溝山編】

「義烈千秋 天狗党西へ」      伊東潤 著
「恋歌」(れんか 直木賞受賞作) 朝井まかて 著
いずれも、近年発表された、幕末の水戸藩・天狗党の乱を題材とした佳作です。
幕末最大の悲劇といわれる天狗党の乱……数年前からゆかりの地を訪ねています。
今回(平成27年4月中旬)は、天狗党の最過激派・田中愿蔵(げんぞう)ゆかりの地を訪ねました。
商家を放火略奪するなど、あまりの過激さに天狗党を追放された田中隊……
助川海防城の攻防戦などを経て、八溝山山頂に籠もります。

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(写真は、八溝山山頂の八溝山神社)
しかし、兵糧が尽き、隊は解散。逃亡の日々が始まります。
八溝山を下りた田中隊のメンバーは、周辺諸藩や農民に次々と捕まり、処刑されました。
天狗党の墓(福島県棚倉町)も、彼らを葬り、弔ったものです。

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棚倉町の桜は、丁度見頃でした(写真は花園のしだれ桜)。

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さて、リーダーの愿蔵は、天領の塙代官所(福島県塙町)に自訴します。

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しかし、判決は斬首刑でした。享年二十一……

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愿蔵は、塙町の安楽寺に葬られました。

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標柱には「倒幕志士 田中愿蔵の墓」と記されています。
たしかに、彼は、幕末の早い段階で、明確に倒幕を唱えた人物でした(合掌)。
この日は、横川温泉「中野屋旅館」(茨城県常陸太田市)に宿泊。
宿泊代金1万円以下で、とろとろのアルカリ泉と美味しいお米飯を楽しめる宿です(一人泊可)。
翌朝は、宿近くの泉福寺のしだれ桜を観て、帰途につきました。
午後からは仕事です。

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〔終〕


2 thoughts on “義烈千秋紀行【八溝山編】

  1. 天狗党とはまた奇妙なグループ名ですね。
    彼らは何と自称していたのでしょうか。

  2. ご指摘のとおり、もともと天狗党とは反対派(後の諸生党)が名付けた蔑称です。鼻高々で偉そうな奴ら、という意味でしょう。彼らの自称としては、尊皇攘夷の志士、筑波勢(筑波山で挙兵したため)等がありましたが、自ら天狗党と名乗ることもあったようです。

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