2015年5月7日
義烈千秋紀行【匝瑳・行方編】 ①脱走塚
早くもストックが尽きたので、暫くは過去(平成26年度)の訪問記を綴りたいと思います。
その第1弾は、平成26年4月に千葉・茨城県境付近にある天狗党関連の史跡等を巡ったものです。桜が丁度見頃でした。
まずは、脱走塚(千葉県匝瑳市)へ。
弘道館戦争に敗れ、天地に拠る処の無くなった諸生党は、ここで全滅しました。
それでも、首魁の市川三左衛門は、しぶとく逃げ延びました。
しかし、フランス渡航の直前に、江戸で捕縛され、逆さ磔となりました。
近くの飯高寺(旧飯高檀林、国重文)です。
自然に囲まれた静寂な環境にあります。
東漸寺(千葉県旭市)にある木曽義昌夫妻の墓です。
木曽義昌は、武田氏滅亡の端緒を作った人物です。
奥様は信玄の娘(真理姫)だったのですが……。
小田原征伐後に、信濃木曽から下総網戸1万石に飛ばされ移封され、この地で亡くなりました。
麻生藩家老屋敷です(茨城県行方市麻生)。
近くの天狗塚です。
麻生で捕縛、処刑された天狗党員を供養しています。
合掌……
近隣の西蓮寺(国重文)では、桜が見頃でした。
〔②大山守大塲家郷士屋敷 へ続きます〕